立命館大学在学時、映画部に所属。

主に明治・大正時代の幻想譚をモチーフに作品を数多く制作する。卒業後、CM制作の現場でプロダクションマネージャーの仕事に従事するも、映画制作をあきらめきれず、'04夏に自主制作で長編「雨池十八丁目の淵の中」を制作し、この作品で第1回シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビジョン・オープンコンペ部門グランプリを受賞する。

1:人は変われないという哀しさを描いた作品です。

生まれついた場所や、育った環境によって形成された人格や肉体はなかなか変えられませんが、それを否定せずそれが自分だと認め、それを背負って生きていくのが唯一の解決策になるなら、困難でもそうやって生きていくしかない、という考えを作品にしました。

この作品でいいますと、娼婦の島で娼婦として育った女が、島をでても、結局体は娼婦のままで変わることはできない様を描いています。

そのままやると、胡散臭く、説教臭くなってしまうので、架空の世界のファンタジーに置き換えて表現したいと思います。


2: 大人になっていくと人はお金で愛情を買おうとします。

けれど、それは単に性欲のみからそうするわけではなく、おそらく別にも理由があるのではないでしょうか。それが何かは人それぞれでしょうが、大人が、「お伽の国」という概念を考案した理由と共通点があるように思えます。

この映画の舞台になるカンテラ島は、ゴミの島の上に作り上げられた楽園ですが、お伽という言葉にはこの楽園的な意味だけではなく、女性が男性の夜の相手をするという意味もあります(夜伽)。 大人は今も昔も自分の失ったモノを埋めるために「お伽の国」に行き、お金を出して夢を買います。

では夢を搾取される側、例えば娼婦達からすると「お伽の国」とはどんな所でしょうか。それは地獄かもしれません。搾取する側がどんなに愛情を注ごうとも、搾取される側からの愛情は返ってこないように思います。

もし自分が大事な人の夢を搾取する獏だったとしたら・・・その様な哀しさも、この作品で表現したいと思います。




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